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東京高等裁判所 昭和59年(ネ)2331号 判決

控訴人 主藤禅芳

被控訴人 榎森ふく

〈ほか一名〉

被控訴人ら訴訟代理人弁護士 玉井真之助

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取消す。

2  控訴人に対し、被控訴人榎森ふくは別紙物件目録(一)記載の建物部分(以下(一)の建物部分という。)を、被控訴人榎森茂は同目録(二)記載の建物部分(以下(二)の建物部分という。)をそれぞれ明渡し、かつ、それぞれ金一万五〇〇〇円及びこれに対する昭和五七年九月一日以降完済まで年一割の割合による金員並びにそれぞれ同年一〇月一日以降右各明渡しずみまで各月金二万五〇〇〇円及びこれに対する各月一日以降完済まで年一割の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

二  被控訴人ら

主文と同旨

第二当事者の主張

一  控訴人の請求原因

1  控訴人は、控訴人が所有する(一)の建物部分を昭和四二年二月頃被控訴人榎森ふくに対し賃料一か月金七〇〇〇円、毎月分前月末日払いの約で、(二)の建物部分を同四七年一〇月頃被控訴人榎森茂に対し賃料一か月金八〇〇〇円、毎月分前月末日払いの約で各賃貸したところ、右各賃料は、昭和五七年四月当時一か月金一万二五〇〇円に増額されていた。

2  右各賃貸借契約は、次のとおり終了した。

(一) 右賃料は、近隣の同種建物の賃料に比して著しく低額となったので、控訴人は、昭和五七年三月頃被控訴人らに対し、同年七月一日以降の賃料をいずれも一か月金一万五〇〇〇円に増額する旨請求したところ、被控訴人らは、これを承諾した。更に、控訴人は、昭和五七年九月四日ないし六日頃、被控訴人らに対し、同年一〇月一日以降はいずれも一か月金二万五〇〇〇円に賃料を増額する旨の請求をしたので、本件各賃貸借の賃料は、同年一〇月一日以降右のとおり増額された。

控訴人は、昭和五七年一〇月二八日付でその頃到達した内容証明郵便をもって、被控訴人らに対し、同年一一月末日までに同年九月分及び一〇月分の賃料を持参して支払うよう催告し、あわせて、右支払いがない場合には本件各賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。仮に右解除の意思表示が効力を有しないとしても、控訴人は、昭和五八年六月一五日被控訴人らに送達された本件訴状をもって、昭和五七年九月一日以降の賃料不払いを理由として、本件各賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

(二) 被控訴人らは、(一)及び(二)の各建物部分について、控訴人の承諾を得ずに出窓を設置する等の増改築をなし、また、筋交いを撤去し、電灯配線を変更する等、賃借物保管義務に著しく違反し(右配線変更に際しては隣接する控訴人方への電灯配線を切断した。)、更に、右各建物部分の周辺私道部分にガスボンベ、自転車等の器物、粗大ごみ等を放置して控訴人の通行を不可能にし、控訴人の度重なる撤去要請にも応じない等信頼関係を損う行為をしたので、控訴人は、被控訴人らに対し、本件訴状をもって、本件各賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

のみならず、被控訴人らは、控訴人が本件訴を提起したのちに、訴訟係属中であるにもかかわらず、控訴人に無断で、(一)の建物部分と(二)の建物部分の間の壁の一部を取除き、(二)の建物部分の畳敷部分の一部を板敷としこれを(一)の建物部分に取り込むという改造を行った。そこで、控訴人は、昭和六〇年三月四日の当審第二回口頭弁論期日において、被控訴人らに対し、右無断改造を理由として、本件各賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。

(三) 控訴人は既に七〇歳を越え、老令のために唯一の身寄りである娘夫婦との同居を望んでいるが、娘夫婦に同居してもらうためには(一)及び(二)の各建物部分を利用して魚屋を営ませる必要があり、かつ、右各建物部分は低地にあり基礎が腐朽しているためこれを改築する必要もある。これに対し、被控訴人らは、足立区西新井栄町に別に店舗を開いているので、(一)及び(二)の建物部分を使用する必要性は乏しい。そこで、控訴人は、本件訴状をもって、被控訴人らに対し、本件各賃貸借契約解約の申入れをしたので、それより法定の期間を経過した日をもって、右各賃貸借契約は終了した。

3  よって、控訴人は、被控訴人らに対し、賃貸借契約の終了を原因として、被控訴人榎森ふくに対しては(一)の建物部分の、同榎森茂に対しては(二)の建物部分の各明渡しを求め、あわせて、それぞれ昭和五七年九月一日から同月三〇日までの未払賃料である各金一万五〇〇〇円及びこれに対する弁済期の翌日である同年九月一日から完済まで借地法所定年一割の割合による利息、並びに同年一〇月一日から右各明渡しずみまでそれぞれ一か月金二万五〇〇〇円の割合による未払賃料(解除又は解約の効力発生の日まで)ないし賃料相当損害金(解除又は解約の効力発生の翌日以降明渡しずみまで)及び各月分に対しそれぞれ各月一日から完済まで借地法所定年一割の割合による利息を支払うよう求める。

二  請求原因に対する被控訴人らの答弁

1  請求原因1項の事実は認める。

2(一)  同2項(一)の事実中、控訴人が被控訴人らに対し、賃料を一か月各金一万五〇〇〇円に増額する旨の意思表示をしたこと(ただし、右意思表示のあった日は昭和五七年七月一八日である。)、控訴人が更に控訴人主張のころ昭和五七年一〇月一日以降の賃料を一か月各金二万五〇〇〇円に増額する旨の意思表示をしたこと、控訴人主張の催告及び解除の意思表示を記載した内容証明郵便が同主張のころ被控訴人らに到達したことは認めるが、その余の事実は争う。

(二) 同2項(二)の事実中、工事内容は別として、被控訴人らが模様替ないし改造に類する工事をしたことがあることは認めるが、その余の事実は、解除の意思表示をしたとの点を除き、争う。

(三) 同2項(三)の事実中、被控訴人榎森茂が西新井に事務所(行政書士事務所)を開業していることは認めるが、その余の事実は争う。

三  被控訴人らの抗弁

1  被控訴人らは、控訴人の増額請求を承諾せず、従前額による賃料を相当と認めたので、昭和五七年七月末日控訴人に対し、従前の額による同年八月分(八月一日から同月末日まで)の賃料合計金二万五〇〇〇円を持参したところ、控訴人はこれを受領したが、同年八月末日に九月分賃料として同額を持参したときには、受領を拒絶された。もっとも、控訴人は、右持参にかかる賃料を賃料の一部としてなら受領する旨述べたのであるが、被控訴人らは賃料の増額を争い従前額による賃料を相当と認めて右のように弁済の提供をしたものであるところ、借家法七条二項の趣旨からすれば、控訴人は不足分があることを被控訴人らに押しつけるような趣旨で受領することは許されないというべきであるから、控訴人の前記のような申出は受領拒絶の態度を示したものというべきである。そこで、被控訴人らは、昭和五七年一〇月二五日に、同年九月分及び一〇月分賃料として、従前額による合計金五万円を弁済供託し、その後も同額による供託を続けている。なお、被控訴人らは、右第一回目の供託後控訴人主張の内容証明郵便を受領したので、昭和五七年一一月四日までの間に、控訴人に再度従前額による賃料を持参して提供したのであるが、控訴人は前記同様に賃料の一部として受領する旨述べ、受領を拒絶した。したがって、被控訴人らには賃料債務の履行遅滞はないので、控訴人が賃料不払いを理由としてなした解除の意思表示は無効である。

仮に右供託に何らかの瑕疵があるとしても、右の経緯からすれば、被控訴人らには信頼関係を破壊しない特段の事情があり、控訴人がこれを理由に解除に及ぶことは、信義則に反し許されないというべきである。

2  本件各賃貸借契約には、被控訴人らが任意に模様替ないし改造をするについて控訴人が予めこれを承諾する旨の特約があり、かつ、個々の工事についても、その都度控訴人は明示又は黙示にこれを承諾していた。したがって、被控訴人らには保管義務違反はない。

仮に控訴人主張の壁の撤去及び板敷部分の設置について控訴人の承諾がなかったとしても、被控訴人らは、(一)の建物部分(飲食店舗)のカウンターと背後の壁の間が非常に狭かったため不便を来たしたので右工事をしたものであるところ、店舗の価値を低下させたり、原状回復が不可能又は著しく困難な構造的変更を加えたものでもないから、未だ信頼関係を破壊するに足りない特段の事情があるので、控訴人のなした保管義務違反を理由とする解除は、いずれにしてもその効力がない。

四  抗弁に対する控訴人の答弁

1  抗弁1項の事実中、控訴人が昭和五七年八月分賃料を従前の額で受領したこと、被控訴人らが同月末日に九月分賃料を従前額で持参したこと及び被控訴人ら主張の供託がなされたことは認めるが、その余の事実は争う。

被控訴人らは、昭和五七年八月末日従前額による賃料を持参したが、控訴人は、明日話があるので再度右賃料を持参するよう述べたところ、被控訴人らは、同年九月五日頃同様の額による賃料を持参した。そこで、控訴人は、同年一〇月一日以降の賃料は各一か月金二万五〇〇〇円に増額する旨意思表示するとともに、右持参した賃料は借家法七条二項により後日裁判により確定後精算するまで暫定的支払いとして受領する旨述べたところ、被控訴人らは、持参した賃料を持帰り、その後控訴人が同月中旬又は下旬に足立簡易裁判所に賃料増額等の調停を申立てたところ、被控訴人らは、急遽供託に及んだものである。したがって、控訴人が従前額による賃料の受領を拒絶したことはないし、特に、請求原因2項(一)の内容証明郵便では、これを受領する旨明確に述べて催告しているのであるから、被控訴人らのなした供託は、すべて供託原因を欠く無効なものである。

2  同2項の事実は争う。

第三証拠関係《省略》

理由

一  請求原因1項の事実は、当事者間に争いがない。

二  賃料不払いを理由とする解除について

1  控訴人が、遅くとも昭和五七年七月一八日までに(一)及び(二)の各建物部分の賃料をいずれも一か月金一万五〇〇〇円に増額する旨の意思表示をしたこと(以下、第一次増額請求という。)、同年九月四日ないし六日頃には、同年一〇月一日以降の賃料を更にいずれも一か月金二万五〇〇〇円に増額する旨の意思表示をしたこと(以下、第二次増額請求という。)は、当事者間に争いがない。しかし、被控訴人らが控訴人の右各増額請求を承諾した事実は、これを認定するに足る証拠はないし、《証拠省略》のうちには、第一次及び第二次増額請求にかかる賃料はいずれも近隣の賃料事例等に照らして適正である旨の部分があるが、他にこれに副う証拠はないので、それだけでは、控訴人主張の増額の効果が生じたものと認めるには足りないというべきである。かえって、《証拠省略》によれば、昭和五〇年三月被控訴人榎森茂の賃借する範囲を(二)の建物部分及びこれに接続する六畳二部屋に拡大し、それに伴い賃料が一か月金八〇〇〇円増額されて、被控訴人らの合計で一か月金二万三〇〇〇円と合意されたのち、同五二年二月には金二万五三〇〇円、同五四年五月には金二万八〇〇〇円、同五六年一月には金三万三〇〇〇円というように、順次約二年ごとに合意のうえ増額されて来たところ、同五七年四月頃には、前記六畳二部屋分について控訴人の都合により賃貸借の一部合意解約がなされ、同部分が控訴人に返還されたため、これに伴って、同月一日以降は、従前より一か月金八〇〇〇円少ない金二万五〇〇〇円に減額する旨の合意が成立し、被控訴人らは、以後同額の賃料を支払っていたものであることを認めることができ、右認定を覆えすに足る証拠はない。右のように、従前は約二年ごとに増額され、特に、昭和五七年四月一日以降は控訴人側の都合に基づいて減額の合意がなされた(従前の増額は前記六畳二間の部分をも対象にしたものと認めるのが相当であるが、同部分の当初賃料相当額を減額したことは、増額分が減額されなかったこととなり、(一)及び(二)の各建物部分について昭和五〇年三月時点での賃料比で算出した場合一か月約金三四七八円の賃料増額となる。)のに、それからわずか三か月後(第一次増額請求)及び六か月後(第二次増額請求)になされた賃料増額請求について、これを正当とする事情があったものとはにわかに認め難いところである。したがって、控訴人の各増額請求は、いずれもその効力が生じたものと認めることはできず、被控訴人らは、昭和五七年七月一日以降も従前の賃料である一か月各金一万二五〇〇円の割合による賃料債務を負担していたにすぎないものである。

2  控訴人が、昭和五七年一〇月二八日頃到達した内容証明郵便により、被控訴人らに対し、同年一一月末日までに同年九月分及び一〇月分の賃料を支払うよう催告し、その支払いがない場合には本件各賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことは、当事者間に争いがない。

3  そこで、供託の抗弁について判断する。

控訴人が、昭和五七年八月分賃料については、同年七月末日に従前額である合計金二万五〇〇〇円で持参されたものを受領したこと、被控訴人らは、同年八月末日に同年九月分賃料として右同額を控訴人方に持参したこと、被控訴人らが、同年一〇月二五日に、同年九月及び一〇月分賃料として従前額による合計金五万円を弁済供託したことは、当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、被控訴人らは、控訴人の増額請求は理由がないものと判断し、昭和五七年九月分以降の賃料も従前の額で支払えば足るものと認め、同月分賃料を約定の弁済期までに控訴人方に持参したが、控訴人が不在で会えなかったこと、そこで、同年九月五日前後の日に同様に持参したところようやく控訴人に面会することができたが、その際控訴人は、前記のように更に同年一〇月一日以降の賃料について第二次増額請求をなしたうえ、持参した賃料は増額された賃料の一部として受領する旨述べたので、被控訴人らは、控訴人が右提供にかかる賃料の受領を拒絶したものと判断し、持参した賃料を持帰ったうえ、前記のように供託したものであることを認めることができる。控訴人本人尋問の結果(当審第一回)のうちには、控訴人は、九月五日頃提供された際には、訴訟にする予定であるからこれによって増額の当否が確定するまで暫定的に従前額で受領しておく旨述べたにすぎないという部分があるが、他方では、七月末日には次回から増額になった賃料を持参するよう要請し、更に八月末日にも従前額による現実の提供を拒絶したと供述しているところであるから、この事実と《証拠省略》に照らすと、右控訴人本人尋問の結果はたやすく採用し難いところであり、《証拠省略》は前記供託ののちにはじめて発送された書面であるので、その記載も右認定を覆えすに足らす、そのほかに右認定を覆えすに足る証拠はない。

ところで、借家法七条二項によれば、賃料の増額を正当とする裁判が確定するまでは、賃借人は相当と認める賃料を支払えば足るのであるから、その間の相当と認める賃料の支払いは、債務の本旨に従った弁済にあたると解することができるのであり、特に、増額請求が理由のない場合には、実質的に見た場合にも、これが一部弁済にあたる余地はないのである。他方、賃貸人が、賃料の弁済の提供を受けた際内金(賃料の一部)として受領する旨述べることは、特段の事情のない以上、賃料の全額の弁済として提供されるのであればその受領を拒絶する趣旨を含むものと解することができる。本件の場合には、前記のように、控訴人のした第一次及び第二次増額請求は、いずれもその効力を認めえないものであったから、従前額による弁済に不足が生ずることはなかったのであり、その意味でも、全額の弁済の提供として正当なものであったところ、右提供に対して控訴人よりなされた賃料の一部として受領する旨の申出は、他に別異に解するべき事情の見当らない本件では、前記のように、賃料全額の弁済の趣旨であるならば受領を拒絶する趣旨であったものと認めるべきである。したがって、控訴人は、被控訴人らの債務の本旨に従った弁済の提供に対し、その受領を拒絶し、同様の趣旨ではその後も受領しない意思を示したものといわなければならない。そうすると、被控訴人らが昭和五七年一〇月二五日になした同年九月分及び一〇月分賃料の供託は、控訴人の受領拒絶によりなされた適法な供託であり、これによって右賃料債務は消滅したことになるから、控訴人が右供託後の同年一〇月二八日頃に到達した内容証明郵便でなした控訴人主張の催告及び条件付解除の意思表示は、その効力を生ずるに由なるものである。

次に、控訴人は、本件訴状送達による解除を主張するので検討するに、控訴人主張の日に本件訴状が送達されたことは記録上明らかであるが、控訴人は、前記のように昭和五七年一〇月二八日頃本件各賃貸借契約解除の意思表示をしているのであるから、遅くとも右解除の効力を生ぜしめる日として控訴人が指定した昭和五七年一一月末日以降に弁済期の到来する賃料(すなわち同年一二月一日以降の賃料)については、右解除の意思表示を撤回するなどして賃料を受領する意思を改めて明示しない以上、予め賃料の受領を拒絶したものと認めるべきであるし、同年一一月分賃料についても、控訴人が前記のように内容証明郵便をもって同年九月分及び一〇月分賃料の支払いを催告しその支払いがない場合には本件各賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしているところからみれば、被控訴人らが右催告には応ずることなく一一月分だけの弁済の提供をしたとしても(九月分及び一〇月分賃料債務が右催告のなされた当時既に適法な供託により消滅し被控訴人らにその支払義務がなかったことは前記判示のとおりである。)、控訴人はこれを受領する意思がなかったことが明らかであると認められる。しかるところ、被控訴人らが昭和五七年一一月一日以降の賃料も従前額により供託していることは当事者間に争いがないから、右供託は有効であり、これにより本件訴状送達時までの賃料債務はすべて消滅していたものといわなければならない。したがって、右解除の主張も、失当である。

三  保管義務違反等を理由とする解除について

《証拠省略》によれば、被控訴人らは、(イ) (一)及び(二)の各建物部分を賃借後、(一)の建物部分に出窓をつくる工事を行ない、(一)又は(二)の建物部分の天井裏の電灯配線の変更工事及び建物の壁に手を加える工事を施したこと、並びに、(ロ) 右各建物部分の境にあった壁の一部を除去しこれに続く(一)の建物部分の畳敷であった部屋の一部を仮敷とする工事をしたこと、なお、被控訴人らは、(ハ) 賃借建物の周辺の通路にガスボンベ、酒類瓶用ケース、自転車等を置いていたことがあることを認定することができ、右認定を覆えすに足る証拠はない。なお、右の(イ)の工事については、これらが施行された日時、工事内容の詳細を明らかにするに足る証拠はないが、(ロ)の工事は、《証拠省略》によれば、昭和四八年中に施行されたものであることを認めることができ(る。)《証拠判断省略》

ところで、《証拠省略》によれば、(二)の建物部分に関する賃貸借契約書には、控訴人は、被控訴人榎森茂が任意に模様替工事をすることを予め承諾する旨の特約が記載され、そのように約束されたこと、昭和五〇年二月には、控訴人は、被控訴人ら両名に対する賃料領収証(通帳)上に、貸主は借主がその都合により賃借部分について任意に改造、修繕等することを予め承諾する旨記載された部分に押印し所要個所に訂正印まで押印してこれを約したこと、(一)及び(二)の各建物部分は隣接し一体として使用されているものであり、控訴人も右模様替等について両者を区別する意思はなかったものであることを認めることができ、右認定を覆えすに足る証拠はないから、右事実と《証拠省略》からすれば、控訴人は、(二)の建物部分のみならず(一)の建物部分についても、当初から、被控訴人らが模様替及びこれに類する手入れをすることを予め承諾していたものと認めるのが相当であるところ、(イ)の工事は、《証拠省略》によっても、右の許諾された範囲を逸脱するほどのものではないと認めるほかなく、《証拠省略》中右認定に反する部分は採用できず、その他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

次に、(ロ)の工事については、《証拠省略》によれば、被控訴人榎森ふくは(一)の建物部分で飲食店を経営しているが、同榎森茂(夫)が(二)の建物部分を賃借したのち、昭和四八年中に、(一)の建物部分が狭隘でありカウンター内が狭かったため、前記のように工事し壁の跡に食器戸棚を置いて従前の壁の代りとしたものであること、右工事とほぼ同時期に、前記店舗の板敷土間をコンクリート土間に改良する工事が行なわれ、これについては控訴人の具体的な承諾があり控訴人みずから右工事を手助けしたこと、控訴人の住居は(二)の建物部分に接続してあったものであるが、その住居には電話がなかったため、控訴人は、前記カウンター付近にあった被控訴人らの電話を呼出電話として利用していたこと、したがって、その当時から、控訴人は店舗に出入りしていたが、その場合には、店舗の構造上、壁についての工事がなされたことを一見して容易に発見しえた状況にあったこと、しかるに、控訴人は、本件の審理中途に至るまでの約一二年間右工事について何らの異議を述べていないこと、なお、工事内容は、建物の基本的構造に原状回復が困難なほどの変更を加えたものではないし、店舗部分から容易に見えるところにあってことさら秘かに施行されたものでもないことを認定することができ(る。)《証拠判断省略》右事実と、前記のように、控訴人は、予め被控訴人らに対し模様替及びこれに類する工事の施行を承諾し、(ロ)の工事後ではあるが、被控訴人らが任意にする改造をも予め承諾していたものであること等の事実を総合すると、控訴人は、少なくとも、(ロ)の工事の施行後これを知り、黙示に承諾したものと認めるのが相当であり、《証拠省略》のうち右認定に反する部分は採用し難く、その他に右認定を覆えすに足る証拠はない。のみならず、仮に控訴人が何らかの理由で右工事に気付かなかったとしても、前記認定の事実、すなわち、工事の目的と必要性、その頃他の改修工事が正当になされたこと、模様替及びこれに類する工事に関する事前の一般的承諾、(ロ)の工事後ではあるが改造をも予め承諾されるに至ったこと、(ロ)の工事施行は昭和四八年中のことであり、格別秘密裏になされたものでなく、控訴人にも容易に気付きうるものであったこと、その他工事の規模、程度、本件各賃貸借契約の内容等に照らすと、控訴人が右工事から約一二年後の昭和六〇年三月四日に至りこれを理由に本件各賃貸借契約解除の意思表示をすることは(右のように意思表示がなされたことは記録上明らかである。)、信義則上許されないものと解するのが相当である。

更に、(ハ)の点については、《証拠省略》によっても、これらが賃貸借契約当事者間の信頼関係を破壊するほどの不都合をもたらしたものと認めるには十分でなく、このことは、《証拠省略》により、(一)の建物部分賃貸借には店舗において危険もしくは近隣の迷惑となるべき行いを禁止する旨の条項があると認められることによっても左右されるものではなく、その他には、控訴人主張のように信頼関係破壊の行為があったことを認定するに足る証拠はない。

以上によれば、保管義務違反及び背信行為を原因とする解除の主張も、理由がないことに帰する。

四  解約申入れについて

控訴人が、控訴人主張の日に送達された本件訴状をもって、自己使用の必要等を理由として、本件各賃貸借契約解約の申入れをしたことは、本件の記録によって明らかである。しかし、控訴人が主張する事由のうち娘夫婦に使用させる必要があるとの点については、《証拠省略》によれば、その具体的な必要性及びこれが実現する可能性が十分にあるものではないことが認められ、《証拠省略》も右認定を覆えすに足るものではないし、改築の必要性についても、《証拠省略》だけではこれを具体的に肯認するには足らず、その他に右事実を認定するに足る証拠はない。かえって、《証拠省略》によれば、控訴人は、昭和五七年七月項被控訴人らに対し(一)及び(二)の各建物部分を買取ること、それができない場合には賃料の増額をするよう申入れていたこと、昭和五七年一〇月控訴人が被控訴人らを相手方として申立てた調停においても同様の申入れが繰返されたことを認定することができ、右認定に反する証拠はないので、右事実によれば、控訴人が真実控訴人主張のような理由に基づいて解約を望んでいるものとは認め難いところである。他方、《証拠省略》によれば、被控訴人らは、被控訴人榎森ふく名義で他に建物を所有し、また、同榎森茂は他に行政書士事務所を開いているが、(一)及び(二)の建物部分は、なお飲食店経営のためこれを使用する必要があると認められ、右認定を覆えすに足る証拠はない。以上によれば、控訴人には、前記解約申入れをするについて正当の事由があったということはできないので、右申入れに基づく賃貸借契約終了の主張も、採用することができない。

五  以上の次第で、控訴人の被控訴人らに対する本件明渡請求は理由がなく、それ故賃料相当損害金の支払いを求める請求も理由がなく、また、賃料の支払い請求も、控訴人主張の各解除の意思表示前の賃料についてはいずれも適法な供託により賃料債務は消滅し、不足額がある事実も認められないから、理由がない。

よって、控訴人の請求を棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないので、これを棄却することとし、控訴費用の負担について民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 豊島利夫 裁判官 加藤英継 笹村將文)

〈以下省略〉

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